本トのこと。

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自分なりの豊かさで暮らす

この頃は天気が悪くなければ毎日散歩をしている。世の中は新型コロナウイルスで自粛ムードが強く、その中でも人々は働き、生活していかなければならない。

育休中の自分は、ともすれば一日中誰とも会わず家の中だけで過ごせてしまう分、自宅で子どもと過ごすだけでなく、意識的に散歩というゆるやかな手段を使って世界とつながっているような気持ちになることを大事にした方がいいように感じている。

そうして見慣れた近所を散歩すると、なかなか発見がある。最近はたんぽぽが沢山咲いている。街路樹や道路脇の花壇やなんかに土があるのに、不思議なほど揃ってアスファルトの隅から生えている。

子を抱っこしながらの散歩は結構重労働だ。なにせ、8kg超を抱きながら歩くのだから疲れて当然である。散歩だけならまだしも、うっかりスーパーに入って考えなしに買い物をしてしまうと、8kgにプラスして両手に買い物袋を持つはめになり、苦行の有様になる。

日傘をさしながらぶらぶらと歩いていると、少し前にオープンしたカフェの前を通りがかった。そのカフェは通りから少し入ったビルの一階にあり、あまり目立たないところが逆に興味をそそる。

喉は乾いておらず珈琲を飲みたい気分でもなかったけれど、こういうタイミングでなければ訪れるのも随分先になろうと入ってみた。

店内は明るくきれいで、電源もありゆっくりできそうな雰囲気。20席ほどありそうな店内だが、お客さんは3人のみ。せっかくなので、550円のソイラテをテイクアウトで注文した。

お代を払って受け取ったソイラテを片手にまた歩き出す。

「ソイ強めだなー」などと思いながら、天気のよい歩道をちびちびと飲み歩いていると、ふとしみじみ「豊かだなあ」と思い、豊かだと思った自分に少し驚いて、そしてうれしくなった。

人の価値観は色々あるけれど、今よりずっと若い頃の私なら、特に欲しいとも思っていなかった550円のソイラテを、しかもテイクアウトで、なんとなく買うなんてことはしなかっただろう。できなかったと言ってもいいかもしれない。若い頃は大なり小なりお金に余裕がないものだ。

「豊かだなあ」と思った自分に驚いたのは、この行為を「贅沢だな」ではなく「豊かだなあ」と受け止めたこと。「贅沢」はときに批判され、対極にある節約という行為にもまた美徳があるのに対し、豊かさは決して批判されるものではなく、とくに育児や世情で忙しかったりストレスの多いような時には意識して持つべきものだと思ったから。

この豊かさは勿論金銭的な豊かさもあるけれどそれ以上に、何かを楽しんだり新しいことを試してみたりといった心の豊かさのことである。

最後にうれしくなったのは、こういう場合によっては「贅沢」とも言える行為を「豊か」と感じた心と、その豊かさを素直に享受できたことに対してである。自分に余裕がないと、きっと豊かさを素直に享受できないこともあるだろうから。

都知事が会見で今週末の外出自粛要請をしたことで近所のスーパーからはパスタやお米がなくなった。でも外出禁止など日本より深刻な状況になっている国でさえ食料品の供給がされている状況で、現状の東京でそんなに頑張って(とくに選択肢の多い)食料品を買い込むのは逆に精神的にしんどいんじゃないかと思う。むしろ近場で買える食料品より、少し遠くへ行かないと買えない"不要不急"のものの方が、外出自粛の時には困るのではないか。

きっとこの状況は思うより長引き、そしてよりシビアな状況にもなるかもしれない。

週末を前にそんなことを思いながら、どうしたら自分なりの豊かさで暮らせるだろうかとあれこれ考えると、少しだけ気持ちも救われるような気がする。

 

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