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闘牛とサイダー

沖縄に住み始めたのは4才頃のことで、当時住んでいた家から歩いて行けるところに城址公園があった。

その城址公園の広い敷地には普段人気がなく、一度足を踏み入れると鬱蒼と茂った木々に囲まれ外からはその様子が分からない様は、時として不気味さを醸していたが、風が揺らすガジュマルの葉の音や、静けさの中に響く鳥のさえずりなど、住宅街に不釣り合いな自然を有するその公園は、憩いの場として愛されていた。

辛うじて子どもも遊べる公園として、気持ちばかりの遊具なんかもありはしたが、大体は地元のヤンキーの溜まり場になっていた。そこそこ見栄えのする噴水があったことがうっすら記憶にある。城址公園内に城跡の形跡があったかは覚えていない。

それらの他に、城との関係については不明な亀甲墓が敷地内にあったことと、闘牛場があったことは記憶に残っている。おそらくこの城址公園のメインコンテンツは闘牛場で、当時は時折開催される闘牛祭りで賑わうこともあった。

 

夏になると、何ともない在りし一日の出来事をふと思い出す。まだ小学生ではなかった。その頃の私はおそらく5才くらいで、その日は沖縄らしく、暑く日差しの強い日だったことは覚えている。「城址公園で闘牛祭りがあるから行こう」と兄に連れられ、近所の子ども達と連れ立って城址公園まで歩いていった。

闘牛場は、牛が戦うスペースを円状に観客席が囲み、階段状に段差になっている。牛の匂いと土の匂いとが混じったような、強烈な匂いの存在。多くの大人達が熱気に包まれた闘牛場に詰め掛けている。挨拶やおしゃべりの声、指笛の音、掛け声や怒号混じりの何かといった様々な音が混じった賑やかさ。

その場に行ってはじめて、闘牛祭りは大人の祭りなのだと思った。もしかしたらそんなことはなくて子どもだって居てもいいって言われるかもしれないけど、でもあの場にいたら誰だって少なくとも縁日のお祭りのような、子供が浮かれ気分で徘徊するタイプのものではないと感じるんじゃないかと思う。群衆の向こうに見える息の荒い黒々とした牛の様子や、熱狂する大人達に混じって、私たちは思い思いに過ごしていた。

「サイダー飲まないねぇ?」

ぼーっと一人で群衆の後ろに立ち尽くしていた私に、おばさんが声をかけてきた。闘牛祭りには出店がいくつか出ていて、声をかけてきたのは飲み物を出している出店のおばさんだった。

家から歩いていける場所とはいえ、5才児には少し遠いその公園までの道のりと、暑さもあり疲れていたところに、おばさんがサイダーを勧めてくれた。

私が手を伸ばすと、おばさんは栓抜きで瓶の蓋を開けてくれた。私は静かに瓶の口に顔を近づけ、両手でこぼさないようにサイダーを飲んだ。

ごくごくと大人しくサイダーを飲んでいると、おばさんはこう言った。

「だぁ、お金は?」

サイダーを飲んでいるのだから、当然お金を払うものでしょうという顔で催促してくる。私はまだお金という概念を持っておらず、お金を払うということがどういうことが、理解できずにいた。私はただ、おばさんが飲まないかとくれたからサイダーを飲んだだけであった。仮に私がお金を持っていなくても、すぐに親が飛んできてお金を払うとでも考えていたのだろう。

お金を持っているかと聞かれ、首を横に振る。お母さんやお父さんは?という質問にも、同様に首を振る。

売ったつもりだったのがお金のない幼児がただサイダーを飲んでいると理解すると、すごい形相で叱ってきた。私はその理不尽な仕打ちにわけがわからずに泣いて、それに気づいた兄がどこからともなくやってきた。

その場については「お金を家に取りに帰って払う」といった話を兄がしたのだろうと思う。すっかりぬるくなったサイダーの瓶を置いて、我々は出店を離れた。

日の照る帰路をしょげながら口数少なく歩いていると「俺もサイダー飲めばよかったな」と言って兄は笑った。そのサイダーのお代を結局どうしたのかは覚えていない。

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