本トのこと。

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いいよ

体調不良で会社を早退をした。メッセージアプリで「体調悪いから家に帰るね」と夫に伝えながら、ふらふらと会社から駅へ、電車を経由して駅からうちへ歩く。まだ明るいうちに着いた自宅は、カーテンから外の光が漏れ、いつもの帰宅時とは違う表情で私を迎える。

エアコンだけつけた部屋のフローリングに横たわる。息をするたびに胸が浮き沈みする。体調の悪さを鎮めるように長く息を吐き、目を閉じる。

どれくらいそうしていたか分からない。玄関の方からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえ、夫が帰ってきた。うっすら目を開くと、フローリングに横たわる私を見たか見ないか、カバンを下ろしてパソコンを取り出した。

小気味良いタイピングの音がして、私はまた目を閉じる。お腹が空いたがあまり元気はない。少し喉が渇いた気もする。

そうしてしばらく寝そべっていると、夫が動く気配がしたあと、横になる私の上に生暖かい体が重なる。

 

「お寿司」

「うん?」

「お寿司!」

 

どうやら、私がシャリで夫が寿司ネタのつもりらしい。寝転がって動かない私をみて退屈になったのか、「海老!」などと言って体を反らせて楽しそうである。

(私は体調が悪いんだがなあ)と思いながら、幼い頃の自分を思い出す。家族にかまって欲しくて、ふざけたり大きな声を出したりして気を引こうとしている。困らせたいわけじゃない。ただ一緒に笑って欲しかったのだと思う。そういう子供じみた態度が受け入れられることが、自分を受け入れてもらうことのように感じていたのかもしれない。でも大体は叱られて「うるさい」とか「静かにしなさい」と言われる。私はそのたびにしょんぼりして、受け入れられなかった自分は世界で一番孤独な子供みたいな気がして悲しくなる。 

私の上で寿司ネタになりきっている彼も同じなのかなあと思う。「重いから降りて」って言ったらきっと悲しいと思う。だから重いなあと思いながら、シャリのままでいる。

 

「重いから降りて」って怒る人と結婚しなくてよかったろうなあと、他人事みたいに思ってやる。じゃなきゃ寿司ネタになんてきっとそうそうなれない。 

夫は知らないと思うんだけど、多分私は天使なんじゃないかな。世界中の誰もそんなことは言わないんだけど、多分天使だと思う。なかなかこんな奥さんいないと思うな。体調悪いときにシャリになってくれる奥さん、いないと思う。

私が天使であることを彼に言ったら驚くかなあ。どんな顔するだろう。

 

「あのさ」

躊躇いがちに、切り出す。

「ずっと秘密にしてたけど私、じつは天使なんだよね」

相変わらず寿司ネタになりきっている夫は、シャリの上で伸びている。タマゴかなんかになりきってるんだと思う。

いつも通り、無口な彼はとくに何も言わない。ただ少し考えたような間のあとに一言だけ。

 

「いいよ」

 

思ったより呆気ない返事がかえってきた。

な、なるほどなー、そっかー。私、天使でもいいかー。それならもう少し天使でいるかなー、なんて思いながら、ようやく寿司ネタをシャリから剥がして、夜ごはんの支度をしようと体を起こした。

 

 

 

よつばと!(14) (電撃コミックス)

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