小説
体調不良で会社を早退をした。メッセージアプリで「体調悪いから家に帰るね」と夫に伝えながら、ふらふらと会社から駅へ、電車を経由して駅からうちへ、歩く。まだ明るいうちに着いた自宅は、カーテンから外の光が漏れ、いつもの帰宅時とは違う表情で私を迎…
新幹線の車窓から見る名古屋駅の真新しさが好きだ。いかにも再開発された、街ごとがデザインされたような風景がある。そんな名古屋駅の風景を見ていると、地元沖縄を思い出した。 沖縄で住んでいた場所も再開発計画によって馴染みの面影がなくなっている。違…
「ひどく変わったね」 見なれたよりずっと顔色のいい彼女をみて、開口一番にそういった。 「あらそう?」 なにをいっても動じない、無関心じみた口調だけは変わっていない。 「少し丸くなった」 僕がいじわるい視線を送ると、彼女はさっぱりわからないという…
「きょうも芽、出てない」 声に振り返ると、しゃがみこんだ僕がベランダに置いた小さな盆栽鉢を持ち上げて、平らに整った土の表面をのぞき込んでいた。 「そのうちきっと出るよ」 イロハモミジを種から育てたいといいだして、種を蒔いてから三週間ほど、この…
3月11日に大きな地震があったことと、その7日前に彼女を失ったことはよく覚えている。 これだけ掃いて捨てるほどの人がいるのに、一人の人間に執着しなければいけない理由も、よく分からない。彼女と、そこを歩いている人の違いって......声を知っているとか…
キッチリとメイクをするタチな割に、口紅をつけることはほとんどない。 せいぜいリップを塗る程度で、つけるとしてもこの頃のような寒さで血色の悪い季節にうすく引く程度である。 なぜ口紅だけつけないのか、考えればいくつか理由はある。 まず他の化粧と違…
ふと見やった自動販売機で、紙パックのジュースが並んでいた。バナナ・オレとイチゴ・オレが目に入った。 この手の飲み物はもうずいぶん長いこと飲んでいない。ふと遠いむかしを思い出した。十九の私はこの飲み物が、とても好きだった。 六畳の部屋が一つと…
世の中にはほとんど生きているのではないかと思わずにはいられないものがたくさんある。例えば部屋の埃。部屋の埃なんてものは、頼んでもないのに自ら意志を持っているかの如く増殖し、気付けばそこらじゅうに巣作り、もはやこの部屋の主がわたしなのかこの…