日本で唯一の広告ミュージアム「アドミュージアム東京」で広告の世界に触れてきた

TVCMや電車内広告など、身の回りで聞くにわりと嫌われているっぽい広告ですが、私はCMやポスター、広告を見るのが好きです。

ただ広告ならなんでも好きっていうんじゃ勿論なくて、やはり良い広告がいいわけで、街中で見かけた刺さったポスターを写真に収めたり、YouTubeで好きなCMをよく見たりします。*1

少し前に趣味でCM動画を作っていたこともあり、ずっと気になっていた日本で唯一の広告ミュージアムである「アドミュージアム東京」へ行ってきました。

 

www.admt.jp

 

アドミュージアム東京は新橋駅から徒歩5分のカレッタ汐留内にあって、なんと入場無料なんです。 

B2Fに展示室(常設、企画展示)、B1Fに広告関連の書籍を集めた図書館があります。 

 

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常設展示室には、ニッポンの広告の歴史が現代の広告までずらりと並び、時代と広告の流れを見ることができます。

 

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「広告にも文明開化の音がする」っていいですね。広告を見ていると本当に、時代をより敏感に反映しているなあと思います。

 

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スゴロクにお店や商品が織り込まれたものが景品として配られていた、というのはおもしろいですね。

現在でもドリンクにキャラクターのフィギュアがつくタイアップがあったり、サービスロゴをあしらったグッズを配布することもよくありますよね。

 

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現代広告の展示では「バザールでござーる」やカップヌードルの「hungry?」といった広告の名作もたくさん展示されています。 

 

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充実した常設展だけでなく、現在開催中の企画展『「思いつく」を考える展』でもたくさんのアイデアの展示があり、"広告"の面だけでなく商品やサービスのアイデアについても展示されていました。

 

B1Fの図書館では、充実した広告関連の本が自由に手に取れるだけでなく、椅子とテーブルが並びその上にiPadが置いてあります。なんだろうと思って見てみると、専用アプリが入っていて、CM動画を見ることができます。

普段YouTubeで探して見るくらいのCM好きなので、このアプリ配布されてないかなとApp Storeで検索してみたけれど、どうやら一般配布はされていないもののようでした。

 

アプリやアドミュージアムで見たCMの中で印象的だったものを、いくつかここでも紹介しようと思います。(普段よくYouTubeで見ているCMもたくさん紹介されていたのでうれしかった!)

 


デミュートサンスターCM

これ今だとあれこれ言われそうな感じがするけど、時代感と北野武らしさと意外性でツボってしまった。

 


祝!九州 九州新幹線全線開CM180秒

これも有名なCMですね。18〜25歳まで福岡に住んでいたので、このCMを見るとグッと込み上げるものがあります。

広い日本(九州)をつなぐ新幹線と、町ごとに歓迎している様子が、なんとも言えない。あと音楽がいい。

 


イイ感じCM【燃焼系 アミノ式】(15秒ver.×4作)

もうこのCMはずるいとしか言いようがない。

 


HONDA asimo CM 1

なんともない映像のなかのインパクトがすごい。あと音楽がいい。

 

B2Fの展示だけでなく図書館もゆっくりできるスペースになっていて、一日中いてしまいそうな情報量です。

火〜土曜日の11:00〜18:00の開館なので、週末に行くなら土曜のみですが、無料と思えないほど満喫できるので、広告好きや広告に興味のある方にはオススメの場所です。 

 

過去に書いた電車内広告の記事も置いておこう。

meymao.hatenablog.com

*1:ちなみにわが家にはテレビがない。

2018年は、おもしろく生きる

あけましておめでとうございます。

あまり新年に抱負を立てることはないのですが、年始に「今年の抱負はなんですか?」と聞かれたので、少しは考えたほうがいいのではないかと思って考えていました。

人様に聞かれて立てる抱負ほどマヌケなものもないですが、まぁないよりマシでしょう。

普段あまりに抱負を立てなさすぎて、抱負ってどうやって立てたらいいんだっけというレベルですが、どうも「これをやるぞ、あれをやるぞ」という細かい目標やなんかを箇条書きで書くタイプの抱負は私には向かなそうなので、今年一年をどう生きたいかを考えて、抱負を立てました。

 

おもしろく生きる

私は意外と妄想癖がひどく、自分が「これをこうやったらおもしろいんじゃないかな」などと思いついたことは、何らか形にしないと気がすまない。そうやって自分が思い浮かぶ遊びをやってる時が一番おもしろいんですね。

「おもしろく生きる」とだけ書くと、たとえば奇抜なことをやるだとか、愉快な人間になるといった風にも取れますが、他人をおもしろくさせる義理は私にはないわけで、私は私がおもしろいと思うことをして生きたい。これはなかなか贅沢な生き方な気がします。

そもそもそんなにおもしろいことって、ない。そこで高杉晋作よろしく「おもしろきこともなき世をおもしろく」といきたいとこだけど、このおもしろくは、他人や世の中ではなく、私や私の心持ちにかかっているわけです。

何をしても面白みを感じないというのは告白をしますとここ数年感じていることで、本を読んでも映画を観ても音楽を聴いても、どうも味気ない。これは、それらがつまらないわけではなくて、きっと私の感度が鈍いのでしょう。

そこで無理をして、もしかしたらおもしろいんじゃないかということをあれこれ試すのも時間が許さないので、自分が思いついておもしろいと思うことを、いつもの如くデュフデュフしながらコツコツやっていくという、自分がおもしろいことをやって生きる一年にしたいと思います。

おもしろさというのは、なかなか驚くほど人によって異なるようで、割合白い目で見られがちな節もあるわけですが、本当は私がおもしろいと思うことを一緒におもしろがってデュフデュフしてくれる人がいると、尚いいんですけどね。

 

今週のお題「2018年の抱負」

頑張りすぎる系の私たちは

過去に失敗した経験を思い返すと、中学3年生のマラソン大会のときの体験が真っ先に思い浮かぶ
わたしは運動経験がほとんどないわりに、昔から運動神経がよく、走るのが早い。
 
元来まじめな性分でないため、体育や学生時代のマラソン大会をちゃんと走ったことがなかったけれど、中3のときに「最後のマラソン大会だし、本気を出したらどのくらい早いのか試してみよう」と一度だけ、本気で走ってみたことがある。
 
準備体操もそこそこに、友だちとふざけながらはしゃいでいると、スタートのピストル音が鳴り響き、わたしは最初から飛ばし気味に走り出した。
そのペースに、すぐに周りの人たちは脱落していき、コースの半分を過ぎた頃にはぶっちぎりの一位だったけれど、4分の3ほどきたところで自分でも驚くほど急激に体が動かなくなり、パタリと動きが止まってしまった。
あと少しの距離を力を振り絞りながら亀速で前進していると、後からやってきたバスケ部の子に抜かれ、数分後にはまた別のバスケ部の子に抜かれ、バレー部の子に抜かれて、結局私は4位だった。
 
表彰された上位10位がわたし以外全員運動部のひとで埋め尽くされていて、その中に吹奏楽部の自分が1人食い込んでいたことは、今でも運動神経がよかった話をするときに持ち出す話の一つだ。
 
このマラソン大会で印象に残っているのは、わたしが運動部でもないのに4位だったということではなく「考えなくがむしゃらに走っていたら突然途中で体が動かなくなった」という経験の方で、運動経験のないわたしは「とりあえずひたすら全力で走ればいいのだろう」と思っていた。けど、結論から言うと準備運動や自分のスタミナの問題、ペース配分などのバランスを考えて走らないと当然効率が悪く、よい結果が出ない。
 
この経験はマラソン以外の部分でもしばしば思い当たるところがあって、「ひたすら全力で頑張ること」が「成果が出ること」とイコールじゃないケースはよくある。
これは単に「頑張り方」の問題だけでなく、頑張れない量や内容であったり、頑張るベクトルを分散させる必要であったり、力の抜き方の問題もあって、何をやるにしても遊びがないとどこかでうまく動かなくなってしまう。
 
「頑張る」というのはとてもかんたんなことで、頑張っていれば自分がなにかをしている実感があって、だからこそかんたんに頑張り続けられてしまう。 
何かに集中しすぎて考え方が凝り固まったり、「頑張っている自分」的美徳信仰で余裕がなくなってしまったりすると、自分だけでなく周りもバテてしまうので、「頑張ることが当然よいこと」みたいな変な美学を見出さず、適宜手を抜いて糸を張りすぎないようにチューニングしないといけない。
 
仕事でもいいしプライベートでもいい。後からバテてしまうような走り方をしていないか。
いまだにうまい走り方を知らない私はそうやって、時々自分の走り方に無理がないか問いかけている。

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