夫業24時間

図書館で適当に本を手に取り、パラパラとめくって思いもよらぬ未知の本と邂逅するのがたのしい。

無数の書物の中から、あるものはタイトルに惹かれ、あるものは偶然手にとり、めくっては数秒で本棚へ戻したり、あるいはすでに片腕の山となっている本に追加して家に連れて帰ったりする。

なるべく適当に本に出会いたいから、図書館を隈なく散策する。

ほとんどの部分は、指の間からこぼれ落ちる砂のように記憶から抜け落ちるのに、そんな中でも、やけに引っかかって、いつまでも頭の隅で反芻するようなフレーズやストーリーがある。

先日やはり図書館で適当に読んだ、本だったか雑誌だったかに、こんな内容が書かれていた。

 

夫業は24時間である。しかしほとんどの場合、そのことを理解していないことによって、すれ違うケースが多い。

 

 うろ覚えなので正しい文章ではない。また当の本を借りていないことから、手にとった時には然程その本に対して、魅力的に思わなかったのだろう。

なんとなく「夫業は24時間」というフレーズのインパクトだけが、時間とともに頭の片隅に残った。

というのも、そもそも「夫業」というものを概念として認識したことがなかったことと、それが24時間という常時であると主張されているものに、初めて遭遇したからだと思う。

 例えば母親業は24時間で、子どもの世話や病気など24時間365日休みがないのは、なんとなく当然のように考えているところがある。

妻業というものがあるとしたら、24時間とは言わないまでも、やはりそれに近いものがあるように感じる。(これは共に私自身や一般論としてではなく、自分の両親を思い返してのことである)

翻って夫業について思い返してみると、仕事をして金銭的に家計を支えること自体が夫業のメインと考えられている節が、少なくとも私の両親については当然のように根付いているように思えた。

しかしそれは妻や家庭があろうがなかろうが行われる活動でもあって、それがイコール「夫業」のすべてかと言われると、たしかに違うよなと、いまさらながら思い当たるところなのである。

父親がゴルフや接待で毎週末留守という家は、あまり主流な家庭像ではないと思うので、育った家庭があまり家族的でないという部分もあるのかもしれない。*1

母も同様に仕事をしており、かつ家事や育児の母親業、プラス夫のお世話やカバーなどの「妻業」を行っていることを思い返すと、「夫業は24時間」と書かれていたその内容の指す「夫業」とは何なのだろうと考える。

妻業にしても夫業にしても、その対象は夫婦お互いなのだろうから、「パートナーに対する責任や思いやりを伴う夫婦として補い合う行動」のようなものが、妻業であって夫業なのかなと考えたけど、完全にはしっくりこなかったので、もう少し違うのかもしれない。

父も母のことを何も考えていないわけではないようだけれど、「私は行きたくないのに、自分が行きたいからって勝手に休みの旅行の予定にぎっちりゴルフを入れてるのよ。私はもっとゆっくりしたいのに、本当自分勝手なんだから」とよく愚痴る母上を見ると、どうも父上も「夫業」を全くしていないとは言わないまでも、肝心の妻の満足度はイマイチのようである。*2

仕事こそが自分の務めで、その務めさえしっかりしていれば妻に世話してもらうのは当然だし、自分の好き勝手にやるのも自由という風なマイウェイの父上に、こっそり「夫業は24時間なんですって」って教えてあげたいと思ったけど、肝心の夫業について、あまり上手く説明できる気がしないので、「またこいつは変なことを言い出した」と呆れる父上の顔が浮かぶだけなのであった。

*1:うちは自営業なので仕方がないというか、当然という風に認識しており、父母ともに愛情をかけて育てられていて、不在に対する恨みも特にない。

*2:父上は病的にゴルフが好きらしい。

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