読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イメージできることを実践する

しごと

階段を登りながら何となくこれまでしてきた仕事を数えてみたら、10を超えていたので我ながらびっくりしてしまった。

地元を含めてこれまで7都道府県にわたり生活してきたので、妥当といえば妥当といえるのかもしれない。(10の中には学生時分のバイトも含まれる)

私を知っている人は意外に思うらしいけど、営業の仕事をしたことがあって、今の仕事を除くと(やはり意外かもしれないが)一番得意な仕事だった。

通信サービス系の営業だったけど、なぜか入社月から売上が1位だった。

あまり物事の得手不得手を自覚できないタチだけど、日の平均契約数が1人あたり3〜4件のところを、平均8件取っていたので得意といえると思う。(こういう時、数字って便利だと思う)

その会社の「営業」には(恐らくどこにでもあるだろう)マニュアルがあり、大方はそれに沿って自社サービスを営業していたけれど、働き始めたときから、周りの人のいかにも「営業しています」という営業方法を目の当たりにして、純粋に「なんでこの人達は”営業しています”という営業をしているんだろう」と思った。

特有の、冗長で媚を売るような喋り方をみんなしていて、自分がお客なら絶対関わりたくない感じのやつだった。営業するサービスやモノによっても「営業方法」は違うと思うけど、それにしても旨くないやり方だと単純に思った。

同じ方法で自分が仕事をするところを想像できなかったので、自分のイメージできる「営業」を実践したら、それが幸運にも結果として現れた。

実践したことはごく簡単なことで、

1. 銀行員の気分で話す

2. サービスやモノを「売る」のではなく、「良さ」を伝える

3. メリットとデメリットをはっきり伝える

 

さらっと説明するとこれだけだったけど、少なくともあの会社のあのサービスの「営業」では効果があった。

これは個人的嗜好で「自分がされるならこういう人にされたい」という営業を体現したものなので、他の人ならまた違うのかもしれないし、これがベストと言うわけでもない。

 

1については、元銀行員の友人が聞くと笑われるかもしれないけれど、自分の中で「信用するに足るようなイメージの職業の人」が銀行員だったというだけで、人により「地元の青年会の好青年」でもいいんだろうし、「お人好しで元気な体育会系の若者」とかでもいいのかもしれない。

信用できない人とは会話したくないし、「説明」なら受けてもいいけど、私は「営業」はされたくないのだ。

2は最もやりがちな『モノやサービスを「売る」目的を押し付ける』やつで、自分自身がその良さを知らずに勧めることはできないので、良さをよく理解しないといけない。そして、理解できたらその「良さ」を伝え、それが伝われば「売る営業」をしなくても自ずと契約となる。

3は端的にその購入や導入の善し悪しの判断材料になるし、契約時の納得感にもつながるので、疑問の残るような一方的な押し売りや、契約後の認識違いによるクレームやキャンセルの予防にもなる。

多分、営業職の人からするとどれも「当たり前」のことだと思うけど、世の中の仕事のすべてがその道に適性のある人なわけでもないし、すべての職種で適切に教育がなされているわけでもないというのは、10の仕事を重ねるうちに社会の全体像として感じたことだ。

仕事に対して、「こうした方がよりよくなる」というイメージが見えるのなら、それを実践したほうがよい。大体イメージできることは間違いではない。また仮にうまくいかなくても、そこから改善できることがある。

一番よくないのは、旨くないやり方に甘んじて、旨くないやり方を続けることだ。

勿論、すべての仕事により改善できるイメージが湧くわけではないだろう。

私自身、一番経歴として長い経理職の仕事では、この手のイメージは一切持ってなかったし、だからというわけでもないけど、特別向いてもなかったと思う。

この頃は、さまざまに見えるイメージを際限なく実践して、改善し、洗練させ、その結果を重ねるという機会が多く、非常に有意義な経験になっているため、古い体験を例に引き出しブログに書いてみた。

 

船を造りたかったら、人に木を集めてくるように促したり、作業や任務を割り振ることをせず、はてしなく続く広大な海を慕うことを教えよ。(サン=テグジュペリ

 

Copyright (C) 2011 copyrights. 本トのこと All Rights Reserved.