快楽の予感

通勤電車で、スマホ片手にずーっとTwitterを見ている女性と乗り合わせた。

電車内でスマホ片手に様々なアプリに熱中する人はよくいることだけれど、満員電車でその女性の背後に立っていた私は、否が応でも画面が見える位置にあり、気まずく思いながらぼんやりその光景を眺めていた。

女性はTwitterの中毒ユーザーらしく、私が電車を降りるまで、思いついた日常のことを熱心につぶやきつづけていた。

 

そんな光景に遭遇して私は「スタンフォードの自分を変える教室」の一文を思い出した。

 

脳は報酬が手に入りそうだと認識すると、ドーパミンという神経伝達物質を放出します。ドーパミンがいっきに放出されたときに感じるのは幸福感ではなく、むしろ興奮に近いものです。人はこれによって神経が研ぎ澄まされ、敏感になり、欲望で頭がいっぱいになります。快感が得られそうな予感がして、そのためなら何でもしようという気になります。

現代の特徴ともいうべきインターネット生活は報酬の予感に振り回される最たる例でしょう。私たちは情報をサーチします。さらにサーチします。それでも飽きたらずにサーチし、マウスをクリックし続けます――まるでケージの中のラットが、こんどこそ満足感をもたらしてくれるはずの幻の報酬を求めて、何度でも電気ショックを受けようとしたように。

 

普段、SNSを使う時にそれ自体を「楽しいもの」として使っている感覚はあまりない。私自身、そもそもSNS自体に深い意味を求めていなくて、ある時は暇つぶしに、ある時は目的を持って、またある時は惰性でそれを開く。

気付けば何時間も(無意識に)ネットサーフィンをしていて、こんなに長い時間何をしてたんだっけ?ということもよくある。それはまさに、それ自体に快楽や幸福感があるというより、それをすることによって満足感が得られるのではないかという「期待感」が多くを占めているように思う。

真顔で日常のことをツイートし、せわしくリプライに返信し、何か新しい情報(刺激)はないか、ひっきりなしにスワイプして新着を表示させる姿を傍目から見ていると、痛烈にそれを感じた。

 

スタンフォードの自分を変える教室

スタンフォードの自分を変える教室

 

 

 

 

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