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乳歯と電気設備

小説

新幹線の車窓から見る名古屋駅の真新しさが好きだ。いかにも再開発された、街ごとがデザインされたような風景がある。そんな名古屋駅の風景を見ていると、地元沖縄を思い出した。

沖縄で住んでいた場所も再開発計画によって馴染みの面影がなくなっている。違うところといえば、再開発がある程度経過して街ができている名古屋駅とは違って、沖縄は再開発途中で平らにされた土地だけが何年にもわたり無様にハゲ散らかされている。

沖縄に住み始めた四歳から中学一年まで、同じマンションに住んでいた。低い建物しかない住宅街に珍しい八階建てのマンションで、うちは六階にあった。

そのマンションに住んでいた頃の思い出は恐らく挙げればいくらでもあるけれど、その中でもとりわけ歯が抜けた時のことが思い出される。

この風習が一般的なものかは分からないが、うちでは子供の頃に歯が抜けると、マンションのベランダからおまじないを唱えながら歯を投げた。

上の歯は下に向けて、下の歯は上に向けて「ねずみの歯になあれ!」と言いながら投げるのである。

そういえば大きくなってから歯が抜けた記憶がない。調べると乳歯は二十本あって、生え変わりの時期が(どの部分の歯かにもよるが大体)六〜十二歳頃のようなので、丁度マンションに住んでいた頃が時期的に重なっている。

乳歯の抜けた日に、クレーターのように穴の空いた歯茎に舌の先を這わせたのを覚えている。乳歯のあった場所を舌で撫で回すと、舌の先からなま温かくやわらかな感覚が伝わってくる。この感覚は大人になってから、遭遇していない。

おまじないを唱えて投げた歯を目で追うと、毎回ベランダの真下に設置された立入禁止の電気設備施設内に落ちた。私の乳歯は上の歯も下の歯ももれなく、あのマンションの立入禁止の電気設備内にある。

住んでいた数年の間に少なく見積もって十本の歯を投げたとして、当時姉も兄も歯が抜けると同じようにしていたはずだし、三十本以上の歯が電気設備内に落ちたはずである。

マンションはファミリー向け物件で、私たち以外の子供も住んでいたから更に、同様に歯を投げていたとしたら、階違いの同じ部屋番号の家だけでも百本はくだらないはずで、おびただしい数の乳歯が電気設備内に落ちたことになる。

私たちがマンションを引っ越した後にも乳歯が投げられ続けたとしたら、マンションの電気設備施設には定期的に歯の雨が降り続いている。

私は自分の投げた歯を含めた、数百という乳歯が埋め尽くす電気設備内の床に思いを馳せた。電光掲示板が小田原駅を通過したことを知らせた。

 

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