あなたが怒る本当の理由

以前、仕事で銀行に出向いた際に、お客として来ていた子連れのお母さんが、子供に対して「てめぇ、勝手に動いてんじゃねえよ」と大声で怒っている場面に遭遇して面食らったことがある。

こういう光景は大体憂鬱になるばかりで、いいことはひとつもない。

例えば自分が何かに対して怒ったとして、怒ることはすごくエネルギーのいることである。どうでもいい他人だったらまあ適当に怒ればいいかなーという気もするが、それが大事な人であれば問題は別である。

あまりしたくはないことだけど、どうしても人と付き合えば怒ることもあるし、怒らなくてはならないこともある。ただ、「怒る」という技術は非常に難しいものなんだけど、そこを意識しないで怒るばかりに大惨事になっている光景にときどき出くわす。

どう怒れば正解なのか。多分そんなものはないだろうけど、私は大事な人に対して怒るとき、意識していることが三つある。

 

怒りを発散させるためだけに相手を怒らない

 怒りが先に立つと、考えるより言葉や態度が先に出てしまって時に理不尽になる。ただ怒りを発散させたいのか、物事を改善するために怒るのかは、怒られる側にとっても大事なことだと思う。

相手の行為に怒りが湧いたときには、「自分はそれを怒っているが、相手の行いは果たして悪いのか(具体的にどこが悪いのか)」「意図して怒られるようなことをしたのか、悪気はないけど結果的に怒られることになったのか」などは、「自分がなぜ怒っているのか」を知る上でも重要だと思う。

相手が怒られたこと自体に理不尽さを感じ、そればかりでなく納得がいっていないと怒る意味は怒る側の「ストレス解消」以外の何者でもなくなる。

 相手に悪気がなかったり、怒りは沸くものの実際相手が悪いとは言いがたい時、「なぜ自分は怒っているのか」という理由も分からず怒るのは、相手との意思疎通ができないばかりか、信頼さえも失う危険性がある。

 

怒っているポイントが伝わるように怒る

例えば子供が道路に飛び出した際に「勝手にうろちょろするな!」とか「飛び出すな!」と怒るのと、「道路は車がスピード出して走ってるから、飛び出すと轢かれる可能性があって危ない」というのでは、理由も伝え方も異なる。

「子供が自分の望まない行動を勝手にしたことを怒っている」のか「飛び出すことで車に轢かれるリスクがあるので怒っている」のか。前者は子供のために怒っているわけではなく、より自分寄りの考え方で、後者は自分のためでもあるけど、何より子供のためである。

なぜそれをしたらダメなのか説明せずに「自分がダメだと言ってるんだからするな」というのは、コミュニケーションとして乱暴である。

 

 相手の言い訳スペースを用意しておく

たとえこちらが100%正しいと確信しており、正論で問い詰めて相手を言い負かしたとして、自分の満足心の獲得と問題自体の解決にはなれど、関係性に息苦しさが発生する可能性がある。

正しさを正義として、正しければよいという姿勢の人はたまにいるけれど、これもコミュニケーションの上ではあまり「正しく」はない気がする。

特に大人同士であれば、「ボールに夢中になってたら飛び出していた」以上の理由もあるだろう。

なぜ相手は怒られるようなことをしたのか、という理由を聞く場を設けず、その意図を汲もうとせず、こちらが正しいのだからあなたが悪いという態度は、問題以上の問題に発展させてしまう原因になる。

特に怒る相手が自分の子供であったり部下であったり、自分よりも立場的に弱い相手には尚のことで、これらを蔑ろにしては解決にもならないどころか複雑にさえなりえる。

 

その怒りは自分のためなのか、問題を解決しようとしてのことなのか。

 

こういう労力は常に行えることではない。「他人」に対してここまで頑張る気もない。

だけど、もしも怒らなければならない相手が、子供や友達や部下など、自分にとって「大事な人間」であれば、少なくとも意識して然るべきことだと思う。

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