連れ添う

昨日、父方の叔母の旦那さんが亡くなったと連絡があった。うちの家族からは父が葬儀に向けて帰省しているそうだ。

叔母の旦那さん、つまり叔父さんとは親類の中でもほとんど面識がない。記憶のある中では一、二度お会いした程度で、伝え聞いていた話ではずっと癌を患っていて、何年も「もう長くない」と言われていた状態であったということ。

父の姉の旦那さんなわけだから(多少の差はあるにせよ)両親世代の人間であって、死というものがもっとずっと先のもののように考えている、むしろ考えてもない日常に、不意にその存在が入り込んできた感覚になった。

仲の悪い夫婦は世の中いくらでもあるけれど、そういう夫婦にある不幸とはまた別の、もっとずっと不幸なことは、老後にもゆるやかに連れ添って、そのうち訪れる死を待つ年と考えているよりずっと早くに、連れ添った人間を亡くすことだと思う。

嫌なものは(現実的に難しく悲劇であっても)別れるという選択肢があるように思えるけど、人の死ほど不可逆なものはない。

まだようやく「老後」に片足突っ込もうかという頃に、連れ添う人のいないのは、若い時分に恋人がいないそれとは比べ物にならない。

叔母夫婦が仲のよい夫婦であったか知らないし、長らく「死ぬ、死なない」の看護生活を送ったであろう叔母と叔父の間にはそれこそ、私などには計り知れない苦労があっただろう。

死が予告されたものであっても、昨日までそこで生きていた人間が、今日にはもう生きていないことは、なんて残酷なことなのだろうと思った。

私が何をするわけでもないけれど、亡き叔父のいなくなるのを悔やむと共に、気の強く親戚からも恐れられている派手好きなあの叔母さんが、今はただ平穏な日常にうまく戻れるよう、祈るような気持ちになるばかりである。

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