パラソルとアイスクリン

先週末の話になるが、Facebookでお誘いをうけ、からふね屋珈琲へジャンボパフェを食べる会に参加してきた。

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(手持ち写真にパフェの大きさが分かり参加者の顔が映ってない写真で良いものがなかったのでid:chira_rhythm55さんの写真をお借りした)

大量のフルーツと、アイスクリームと、ケーキやワッフルやシュークリーム、ポッキー、生クリーム、フルーツポンチ……と改めて記述しても「ワケがわからない」という代物だった。

あまりの甘さに、梅昆布やポテトフライといった塩気を挟みつつ何とか完食したりと苦しくも楽しい体験をした。(多分甘いものに限らないけど今回、大食いってスポーツなんだなーと思った)

参加者は九名で、それぞれ思い思いの順番や方法でパフェを食べていたけど、とりあえず私はアイスクリームが溶けるとヤバい、というイメージしかなかったので、ひたすらアイスクリームを食べた。

おうちへ帰ってそのアイスクリームのもたらす悪夢に苦しみながら、アイスクリームにまつわる遠い思い出が蘇ってきた。

まだ沖縄で中学生をしていた頃、一度だけしたアイスクリンのバイトのことである。

沖縄では、売店もあまりないような人気のない車しか通らない道路沿いに一定間隔でなぜか、パラソルを差したアイスクリン屋さんがある。(沖縄は電車がなく車移動が基本なのもあり、観光客狙いなのも多分あるんだはず)

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(拾い物画像だけど、こういうやつ)

当時から「何であのバイトの名称は”アイスクリン”なんだろ」と思っていたけど、改めて調べてみるとどうやら、アイスクリームの過去の呼称らしい。(wikipediaが言ってた)

朝八時だかに待ち合わせ場所である近所の高校前で見知らぬ女の子たち(恐らくみんな中学生)がバンに拾われ、各々見知らぬ道端にパラソルとアイスクリンが大量に入ったケースと一緒に置き去りにされるわけである。

労働時間は夕方になる前くらいまでで、日給は当時で三千円程度だったと記憶している。

アイスクリーム屋さんと同じ銀色のケースに入ったアイスクリンは上から箱で密閉していてもやはり野外だからか溶けていくので、定期的に溶けた部分を削って草むらなどに投げ捨てたり、食べ放題だったり、中学生ながら(世の中どうなってんだろ)と思ったものだった。(一度しかバイトしなかったけど、これでもかというほど食べた)

車道沿いに差したパラソルの下で、持参したカセットテープでご機嫌に音楽を鳴らしながら誰に邪魔されるわけでもなく読書する――今考えてもワクワクする。

ちなみに、振り返ってみて「中学生の労働ってよかったのかしら?」と疑問だったので調べてみると、十五歳以下(十三歳以上)でも軽作業であれば労働がよいらしく、アイスクリンは多分それに該当すると思われる。

アイスクリン娘をしていた頃からゆうに十年は過ぎたけど、やはり甘いモノにある魔力に似た魅力(しかも大量にあるのを、飽きるまで好きなだけ食べられる!)は、いつになっても同じようである。

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