あなたは私のものじゃない

夫(この言い方というか関係性についてはまだ慣れない)との関係について、よく「本当に仲がいいですね」というようなことを言われる。

どちらかと言うとさっぱりとした関係なのでこう言われると意外な感じもするけれど、言われてみると確かに仲がいいのに間違いはないようである。

毎日お昼ごはん一緒に食べてるし、お休みの日も一緒にお出かけするし、病院に付き添ったり情報も(はてなココで)駄々漏らしだし、(付き合いが長いので)あまり喧嘩をする段階にもいない。

とはいえ、昔から何の問題もなく仲良く気楽な関係だったか思い返すと、決してそういうわけでもない。

どちらかと言うと、彼はまったくこれまで遭遇したことのないタイプの人間だったので、一方的に疲れることも多かった。

話しかけても返事をしない。「これやって〜」とすぐして欲しくて頼んだことを長々放置される。(家事など)しておいて欲しいことは言わないと気付かない。

こういうことに、昔は「何でお願いしているのにすぐにしてくれないんだろう」などと少なからず腹を立てたように思う。

人間にはうまく諦め機能というものが搭載されていて、これが数年経つと少しずつ考え方が変わってきた。

「私は今これをして欲しいと思い、頼んでいる」ことと、「彼がすぐにそれをするかどうか」は別問題で、私が料理をしたからと言って彼が食後すぐに食器を下げるかどうかは、私が押し付けることではなく、彼の自由なのである。

私は食器をすぐに下げて(さらに水につけるなどをして)おかないと気が済まないけど、彼は翌日や下手したら数日後までそのまま放置していても食器の存在に気付かない。

なにか自分の意にそぐわない場面のとき、どこかで「どうして私がこうして欲しいと思っているのにしてくれないのだろう」という気持ちがあったのだと思う。

けれど、彼は私が意のままできる存在ではないし、それは私が彼の意のままに生きるだけの人間ではないということでもある。

そういう感覚を得てからは、随分気が楽になった気がする。

好きだという感情があっても、愛情だけで物事をどうにかしようとすることは、時にとても乱暴なことである。

あなたは私のものじゃない。私もあなたのものじゃない。

食器を放置してパソコンに向かうのも自由だし、食器を放置されるのが嫌で実家に帰らせていただくのも自由。

良くも悪くもこういう一歩置いた気持ちでいることで、お互いを思いやり最善であろうと模索できるような気がしているのだと思う。

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