ハッカーと小説家

最近は言われなくなったが、友人に恋人を紹介すると「(全く共通点とかなさそうなんだけど)一体二人でどんな会話をしてるの?」とよく聞かれた。

愛想と血色の悪い理系男子のプログラマと、アグレッシブでフットワークの軽い小説家だから、確かに傍から見れば奇妙な組み合わせなのかもしれない。

当時から彼は字のごとく四六時中プログラミングしてるし、洗濯物溜まってるし、専門書読んでるし、食卓のパスタはカピカピだし、技術の最新情報追ってるし、話しかけても返事ないし、暇だからあたい部屋の掃除してやらなくもないし、みたいな感じで過ごしてた、いや、る。

プログラマはみんなこんな感じなのかもしれないけど、少なくとも私はこれまでいかに自分の好きなことでも、ここまで集中して物事に取り組む人間を見たことがなかったので単純に感心したし「好きこそ物の上手なれ」ってこういうのを言うんだなぁと思った。

自分のすることに美意識を持っていて、それに信念を持ち、飽くなき子どものような熱意をもって"自分の仕事"をする姿は、誰にも知られずにひっそりとこの部屋にあって、その美しさをみとめるものは私しかいないーー。

周りにプログラムをする人もいなければ、まだweb企業で働くという選択肢を知らずにいた頃の彼を見ては、そう思った。

 

"白玉は 人に知らえず 知らずともよし 知らずとも 我し知れらば 知らずともよし"(万葉集六・一◯一八、元興寺の僧)

 

万葉集にね、こんな歌があるの」

「どういう意味?」

「(海底にいる)白珠の真価は人に知られていない。しかし、人は知らなくてもよい。人は知らなくても、私さえ知っていたら、人は知らなくてもよい、という意味」

「白玉って何?」

「真珠だよ」

Perlだ」

「うん、pearl」

 

ごくたまに勘違いされるけど、私はまったくプログラムを書けないし、それに関する知識もない。にも関わらず、普段プログラムを含む技術の話や、新しいwebサービスの話をよく聞かされる。

最近は聞かなくなったけど、昔は「どの言語がいい」とか「あのコードは美しくない」「もっと綺麗に書けるはずなのに」というようなことをよく言っていた。

プログラマも小説家と同じく、言語を扱い、それに美意識を持っていて、表現世界の葛藤があるものなのかと面白く思い、(ハッカーと画家をもじって)「ハッカーと小説家」について二人で話した。

こうみると心なしか多くの共通点を持っているように思える。これはハッカーと小説家に限らず、少なくとも、自分の仕事に対して独自の美意識を持っている人たちはそれだけでその部分が大きな共通点になり得る。

実のところ誰かと過ごしたり相性を見るのに、具体的に共通した好みや趣味の有無はあまり関係ない。

考え方や視点はまったく違うけれど、互いの美意識や物事の捉え方を認知していれば、一見共通点のなさそうな人同士でも相手のしていることに関心を向けたり、時に違う角度からの意見を求め、考え方を参考にしたりはできる。

そんなことを意識して一緒にいる、わけではもちろんないし何もかも認めてるわけでなく、プログラミングしてる時に邪魔されると怒るくせに自分の集中力が切れたら執筆してる私の邪魔をしたがるのまじうざいから金輪際やめてくださいと声を大にして言いたいわけだけど。

こうして我が家では今日も、MBAに齧りつくハッカーの横で小説家が切り取った世界を綴るわけです。

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