会社経営をしている姉の話

お盆休みに、ひさしぶりに家族親類揃ってわいわい食べたり飲んだりした。

うちは四人兄弟の六人家族で、私(次女)と弟(次男)以外の両親姉兄は全員、会社経営者もしくは会社役員という家で、昔から食卓での話題は会社にまつわる話題だったし、いまも家族が集まると自然と会社経営などの話になる。

で、この夏に行われたそんな話のなかで、会社経営をしている姉の話が個人的に非常におもしろかった。

 

父と姉がお酒混じりにいつもの経営談義をしていて、姉がしみじみ「社長をしてるって言うとだいたいみんな『ええ、社長!すごいね!』って言うんよね。でも、全然すごくない。私は、自分がいかに仕事ができないかを、自分がやってみて情けないほど自覚してるから、自分ができない分、人に助けてもらわらんといけんかった。だから会社を立てただけなんよね」と話していた。

「別に会社経営していることをすごいとも思わんけん、ママ友とかと話す時も面倒だし会社経営してるとか言わん。仕事を聞かれたら"ネット関係"って言うくらい。」

社長がすべて敏腕で自信家な人だとは思わないけど、私にとっても私の家族にとっても最も身近な経営者は父で、父は(おそらく)人より仕事が出来て、こういうことがしたいというビジョンがあり、それを良くも悪くも突き進めていくタイプの経営者だったので、姉のような視点は、私にとっては(姉を知っている分納得感はあるものの)新鮮な驚きがあった。

 

姉はこども服を販売するネットショップを経営していて、楽天やヤフーやその他のECサイトで店舗を展開している。旦那さんが元々服の卸しをしていたのだけど、その商売が時勢だかで数年前にうまくいかなくなり、先にネットショップを経営していた知り合いに「かんたんに出来るよ〜」などと勧められて、自分たちで仕入れた商品を販売するネットショップを始めた。

私は姉がネットショップを立ち上げる頃からその状況を見ていて、もちろん夫婦揃ってネットショップは未経験でかつ「パソコンでメールってどうやって送ると?」というレベルだった姉に、メールの送り方から画像編集、ホームページビルダーの使い方など基本的なあれこれをレクチャーした記憶があるので、ほとんどゼロからのスタートだった。

初年度の廃業率が30%、それ以降は50%とも言われているネットショップで、成長を続け起業三年で十数人の従業員がいるとのことなので、本当にさまざまな努力をしたのだろうと我が姉ながら凄みを感じる。

そんな背景のある姉が「自分ができない分、人に助けてもらわないといけなかったので会社を立てた」と話したのは、とても素直で率直な理由だと思う。

父はどちらかと言うと自分のやりたいことやビジョンがあり、常に夢を追っているタイプの経営者で、昔の男気質なりに、自信や見栄や欲望もあるのだろうと感じるけれど、姉の語る経営論はある種身の丈にあったもので、「子ども四人抱えて家族六人、たのしく暮らせるように生活できたらよい」という部分が起点になっているところが、これまで父を通して感じていた自分の中の「経営者」のステレオタイプとかけ離れていてーーそれを語っているのが父の娘である分ーーー尚のことおもしろく感じた。

姉は会社や従業員も大事だが、その根底には家族が大事というのがあって、家族を養うために他人の力を借りて会社を経営していると言った。

父はそれに対して「会社を経営するということは従業員の生活や取引先の利益を保証せんといかんから、まず従業員や取引先があってはじめて自分ら家族が食えるわけだから、従業員や取引先のほうが優先度が高くて家族はその次」といったことを言っていて、それに対し姉は「父さんはそうかもね、私は違う」という話をし、僕は「従業員は給与という対価を払って労働してくれているに過ぎないので、お父さんの考え方はおかしい」と言っていて、とにかくそこにいたさまざまな人の考え方が可視化されておもしろかった。

 

姉の話していた仕事の話でもう一つおもしろかったのが、自分がたのしかった仕事の体験が、今の会社経営のベースになっているところだった。

「私は高校時代にバイトをしていたんだけど、本当にバイトがたのしくて、バイトに行くのがたのしみだったんよね。だから、私の会社でも働いてくれてる人が、仕事がたのしいって思ってくれる職場にしたいと思ってる。子持ちのママさんが多いんだけど、働いてくれてる人のライフスタイルに合わせて、子どもの体調不良やイベントとかでも自由に勤務できるようにしていて、そのお陰か辞める人もおらんで、募集を出す時に退職率0って言うとビックリされる」と話していた。

姉自身が子持ちのママなのもあるけど、まずたのしんで仕事をしてもらえるよう意識して工夫をしているという部分が、「儲ける」でも「自分の能力を試す」でもない、素朴な労働の喜びみたいなものがそこにあって、それで自分も家族も働いている人もたのしく生活できればよい、という、ある種控えめな考え方に起因するのがおもしろい。

 

「会社を経営する」と一口に言っても、業種や形態などさまざまなわけで、どのようなきっかけで、どのような理由で会社を経営するかなんて、たしかに経営者の数だけあって当然だよなあと思う。

ちなみに、時々「社員も経営者視点を持って然るべき」みたいなことが言われる場面に遭遇することがあり、父もどちらかというとそういう事を言ってしまう系の経営者なんだけど、私は雇用されている一人ひとりの持つプロフェッショナルな部分を活かした総体として存在する会社が強いと思っていて、みんなが経営者視点持ってたら偏るよね、という考え方で、この組織の多様性については意外と父の会社も姉の会社も意識されていないようで、多様性のある組織を作るのって難しいんだなぁと感じた。

とにかく実家の経営者談義を聞いているとなかなかお腹がいっぱいになるので、私は私で自分の好きな仕事をするぞという気持ちを新たにしたのでした。

河井寛次郎記念館を訪れた

仕事で京都へ行く機会があったので、河井寛次郎記念館を訪れた。

 

河井寬次郎記念館 公式ホームページ


 五条坂のふもとにあるこの記念館は、大通りから入った住宅街にあって、町並みに馴染みすぎていてうっかり見落とすほどです。

  

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河井寛次郎は大正から昭和にかけて京都を拠点に活動した陶芸家で、陶芸以外にも木彫や金属作品、書など、幅広い作品を残しています。

民藝館を訪れるのが好きで、倉敷や益子など民藝館や陶器市を目当てに行くこともありますし、住んでいる東京でも日本民藝館をはじめ、民藝品に親しめる場所に何度か足を運んだりしていますが、個人的には河井寛次郎記念館は別格のおもしろさがあった。多分、さまざまな作品が並んでいて展示されているという形式ではなく、住居と窯を持った河井寛次郎の、仕事場とも自宅ともつかない空間にいるという体験が得も言われぬ趣となって感じられるからだと思う。

 

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ところで民藝館を訪れると個人的にチェックしてしまうのが「椅子」で、今回も河井寛次郎記念館で椅子をとくに注目して回ったのですが、いろんな形の椅子があって、個人でよくもまあこれだけ揃えたものだと関心する。

 

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椅子は実際に座ってみることもできて、日用の美と素材の感触を直に体感できる。

 

河井寛次郎は「暮しが仕事、仕事が暮し」という人で、記念館にも仕事に関する言葉が展示されていました。

 

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率直な感想を言うと「エンジニアっぽいな」と思いました。ものづくりの人の感性なのかもしれません。

 

この日は五条坂やら清水寺界隈をぶらぶらして河井寛次郎記念館を訪れましたが、窯が多くあった場所らしく付近に無人の陶器販売などもいくつか見かけました。界隈では陶器体験のお店もいくつかあり、そちらにも興味があったのですが、今回は時間がなく断念しました。

京都に二年暮らしていたときに来ていればなぁと思いつつ、旅先で陶器と出会うのもまた楽しみなので、少しずつ訪れて、探したり買ったり作ったりしようと思います。

 

  

普段使いの器を探して やきものの里めぐり (楽学ブックス)

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「無意識にしている選択」の積み重ねが自分を作る

SK-IIの特別お題で「『選択』と『年齢』」に関する体験エピソードを募集しているので、このお題に沿って、私なりの「『選択』と『年齢』」についての話を思い出しつつ書いていこうと思います。

急いで大人にならなくてもいい

初めて「年齢」のようなものについて意識したのは、中学に入ってからだったかもしれない。

十代も中頃になると、周りの友だちは急激にマセていって、みんな早く大人になろうと背伸びをしていた。いわゆる「お年ごろ」というやつですね。

誰々はピアスをあけたらしい。あの子とあいつは付き合ってるらしいよ。家を抜け出して公園で夜遊びした話もあったし、大人には言えないひみつの話もあったかもしれない。

私はそんな友だちを横目に不思議顔で、(子どもの時代なんて今しかないのだから、そんな急ぐことないのに)と思っていた。

人生、長いのだから、早いうちから楽しいことを全部しちゃうと、きっと残りの人生つまんなくなっちゃうのね。楽しみは取っておかなきゃ。

思えば、それぞれが意識するかしないかにかかわらず「一足先に色んな経験をしてる『オトナ的私』へのあこがれ」のような観念が、その年代の共通認識として、存在していたのだと思う。そしてやはり意識するかにかかわらず、結果的に私が選択したのは「急いでなにかになることをしない」ということだった。

そういう共通認識として空気のように存在する観念は大人になった今でも、ごく現実的な形に変わりそこらじゅうにあるのだと思う。この立場の人は / この年代の人は / こういう立ち振舞を期待されている / こういう人間であらねばらない、といったような。

そうして同じように意識するかしないかにかかわらず、少なくないシーンで当然のように「当たり前らしい観念」を選択させられているのだと思う。

 

若さしか取り柄のない人間にはなりたくない

二十代に突入して間もない頃、職場で結構仲よくしているオネエサンがいた。

正直に言うと「オネエサン」というより「おばさん」と言ってよい風貌で、2〜30代の多い職場だったので年齢的にも同僚の中でだいぶ上の人だったけれど、サッパリとした気持ちのよい性格の人でよくバーであった面白い話やなんかを話してくれた。

オネエサンは喫煙者で、当時ヘビースモーカーだった私は喫煙所で同じく喫煙者である同僚たちと、昼休みに世間話なんかしながら一服するわけである。

下戸な私にとっては、オネエサンが話す「飲み屋でのおもしろ話」自体が自分の知ってる世界とは異なるところにあって、遊び上手な人でもあったので話していて非常に楽しい人だった。

 ある日、オネエサンのいない日に喫煙所で同僚が「あのオバサン、いい年していつも若い男相手にはしゃいじゃって。自分の年考えろっての」という内容のことを言っているのを聞いた。

私より2〜3つ年上のその同僚たちの言葉を聞きながら、若さしか取り柄のない人間にはなりたくねえなと思いながらタバコをふかしたことを鮮明に覚えている。

オネエサンは美人でもなかったし年相応に中年太りもしていたけれど、ウィットに富んだ話ができて、話題の引き出しも多く、なにより話していて気持ちのよい人だった。

彼女の陰口を叩いていた同僚たちは、その陰口の語彙力のなさと安直な発想からも思慮が浅いことは明白だし、面白みや憧れを感じる点も何一つなかった。

「若さ」の中にある価値も確かにあるけれど、「若さしか取り柄のない人間にはならない」と決めたその時の選択は、今の私を大きく形成していると思う。

 

「もうこんな歳だから」に耳を貸さない

20代も後半に突入し、アラサーの仲間入りをした頃、大学に入学した。

通信教育過程の大学で、入学した理由はいくつかあるけど、正直に言うとそこまで深い考えがあって始めたことではない。「年齢」に沿わない「選択」という意味では、これも私の選択したことの一つと言えそうだ。

私の大学入学に父親はあまりいい顔をしなくて、元々学業よりも実学主義な成り上がりの人なので「女が知恵を持つとロクな事がない」とか「今さら大学なんか行って何になる」などのご意見を頂戴したけれど、別に父上の価値観は当方では分かっていることで、身内であっても固定観念というものによって悪びれる様子もなく平然とそのようなことが言えてしまうので、父上のような子どもに適切なアドバイスができない大人にならないように見聞を広げるため大学へ行くんですよと、親切な私は申し上げた。(ちなみに父娘の仲はそこそこ良い。)

「他人の意見を聞く」のは大事だけど、「他人の意見を聞かない」というのが大事なこともあるんですね。

通信教育の特徴は通学とは異なって、社会人になって学びたいひとが、自分のお金と時間を使って自らの意思で入学するケースが多いというところで、年代も各々のバッググラウンドも幅広い。

私の通っている通信教育過程では、20代は少数派で、4〜50代や上は自分の祖父母と同じくらいの年代の方も多く、学ばれている。

これはほとんど一例だけど、大学に入るという結構ハードルのある行動も、少なくとも「年齢」という壁はなくて、いくつになっても学びたいという気持ちがあれば、今この瞬間も門戸は開かれている。

年齢制限のある試験を受けたかったとか、体の自由がきかないほど老いてから「海外旅行にもっと行っておけばよかった」とか、年齢によってできないことはないとは言わないけれど、周りのいう人の「今さら」とか「こんな歳」なんてものは何となくで言った根拠のないことも多いし、さらに他人だけでなく気を抜くと自分自身でかんたんに口をついて言ってしまう「もうこんな歳だから」についても耳を貸してはいけなくて、自分自身で足枷をしているだけのことが多い。

「結婚」とか「転職」みたいなライフイベントの中でも大きめなイベントでの「選択」もあるけれど、個人的にはこういう日々「無意識にしている選択」の積み重ねが自分を作るのだろうと実感されるところなので、これからも気を抜かず日々に転がる小さな選択を重ねていきたいと思うところです。

 

 

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