「第二十五回文学フリマ東京」へ出店します

2017年11月23日(木祝)に開催される「第二十五回文学フリマ東京」へ出店することになりました。

東京流通センター 第二展示場(東京モノレール流通センター駅」)での開催で、私は、書き下ろしの短編を収めた本を出す予定です。

 

kamogawadelta.github.io

 

きっかけ

詩作をしている友人にお誘いいただいて、元同僚のこーしーさん含め三人で出ることになりました。三人とも東京にいますが、共通点は「京都で一緒に過ごしたメンツ」ということになります。

「文フリ参加しませんか」というお誘いに二つ返事で答えて、最悪このブログに過去投稿した短めの文章をまとめて出そうと考えていたけど、結局新しい物語を二篇書いたので、なにか目的(あるいは〆切り)があるというのはすごいなと感心しました。

 

コミュニティに触れる

文学フリマへの出店だけでなく懇親会もあって、そちらにも参加予定なのですが、懇親会への参加表明で参加者がみんな丁寧に挨拶をされていて「なんでみんなこんな丁寧なんだ?」と言ったところ、こーしーさんに「コミュニティーへの敬意では?」と言われ、なるほどとなった。

物書きコミュニティ(あるいは物書き)というのは殺伐としていて、刺すか刺されるかみたいな尖った場所だと勝手に想像していたが、今のところ私の想像のほうがおかしい可能性がある。

ほとんどこれまで同人誌イベントに縁がなかったので、この機会にいろいろ体験しようと思います。

 

文学フリマいくぞ!」ってならないと「たまたま通りがかった」みたいな場所じゃなさそうなので、行ってみたいけどなかなか機会がなく......という方がいれば、どうぞE-63〜64ブースへお立ち寄りください。

あと現地には行けないけど本読みたいという人がいたら、直接私からお買い求めください。

 

本の情報

  • タイトル:「こんにちは、世界。」
  • 収録作品:人間の悲しみが光になって見える野良猫「ミミ」
    定年退職し平穏な老後を過ごす男と、平凡な幸せを好む妻の、予定しなかった老後の物語「老人と犬」の二篇を収録。

 

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サークル情報

  • サークル名:鴨川デルタでつかまえて
  • ブース:E-63〜64
  • メンバー:@takedaseiishere(詩集)、@cauchy_6(単語日記)、@meymao(小説)

会場情報

 

 

 

大学を辞めた

2007年10月から慶應義塾大学通信教育過程第3類(文学)に在籍していたのですが、2017年9月30日をもって大学を辞めました。

10年在籍していたことになります*1が、この10年で3回の転職と5回の引っ越しと1回の結婚を経てるので、まぁまぁ地道に頑張った気もします。

 

大学に入学した理由

振り返りのために書いておきます。

大学入学のきっかけは、中高時代の同級生がマルチ商法にハマってて、それがいかにグレーかを様々な観点から指摘した時に「でもどこどこの大学の教授も勧めてるって言ってたよ」と言われて、自分が正しいと思うことを言っても(親しい人であっても)権威があれば根拠はどうあれそちらを信じることがあるのだという体験があって、大学にいくことで自分の話す言葉に信頼性を持ってもらえるならと思ったのが一つ。

あとはタイミング的な事情で学生時代に進学の選択がなく20代を過ごしていて、上記のことで色々調べている時に偶然通信教育の存在を知り、折角なので学びたかった文学をやろうと思ったのが一つ。

さいごは小説を書いていて、自分の描きたい時代の背景や文化風俗を調べたりするのに、大学という場所で学ぶのは独自で調べるよりもより広い視点で物事を見られる術を身につけられるだろうと思ったのが一つ。

 

大学に入ってよかったこと

学ぶ気があれば良質なテキストと参考文献の情報がそこにあって、レポートを繰り返し書いて戻されを繰り返す*2ことで、テーマや課題に対する見方や、どういった構成で書けばよいか、自分の知りたいことをどう調べればよいかという方法について、基礎的なことが学べたこと。

インターネットでもそうだけど、調べ物をするときにウェブに馴染みのない人は「どういう検索語を用いて検索すればよいか」が分からないことがある。どのような情報ならどこで調べるのが適切か、問題を解決するための手前の知識というか、汎用性のある「学び方を学ぶ」という部分は結構大きかった。さまざまな観点、物の受け取り方、物事の関連などを体感することができたと思う。

 

なぜ辞めるし

とくに就職や転職のためとかでもないので、学んだことを身につけるということを目的に、かなり亀速で丁寧に勉強してきた。

3年生分くらいの単位を取得して、ある程度大学で学ぶことに満足した部分があって、現時点での優先度が低くなったのが辞める理由。主婦しながらフルタイムOLもして女子大生までやるには流石に草鞋が多すぎる。

通信教育のいいところは年齢関係なく学びたいと思った時に学べるところなので、また20年後とか勉強したくなったら再入学するといいと思う。

 

ちなみに福澤諭吉がどんな人か知らないという人は結構いるのではないかと思うけど、入学の時にいただいた福翁自伝がハチャメチャに破天荒な感じで面白かったので勧めたい。

 

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

 

 

*1:休学期間含む

*2:慶應通信、レポートが容赦なくDで戻ってくる。

最後の会話

母方の祖父はこの四月に亡くなった。95歳の長寿で、生前私が母方の家系のあれこれを好んで祖父に聞いていた*1こともあり、祖父と私は昔話をする仲の良い間柄だった。

六月、祖父の四十九日の法要に合わせて、うちの両親宅へ家族集まって、祖父を偲ぶ会をしようということになった。とくに何のイベントを考えていたわけではないけれど、何をしようか母に聞かれ「自分しか知らないおじいちゃんとの思い出を話すのはどうか」と提案した。

 私が祖父と最後に会ったのは去年の秋で、田舎で毎年秋にやっている神楽を観に母や姉と合わせて帰ったときだった。

 

 

祖父との最後の会話は、今でも覚えている。おじいさんとはたくさんの話をしたけれど、この先もう幾年もお話をする機会はないだろうと漠然と感じていた。頭がよくしっかりしていた祖父も、ここ数年で急激に老いた様子を感じていたからである。

 

95歳のおじいさんには「人生」は今、どのように写っているだろうか。60代にして死別した祖母とは、結婚生活と死別後の生活が同じくらいの長さになってしまっている。連れ添った妻に先立たれ、子や孫に恵まれたとはいえ、老後を一人で過ごしてきたのはどのような気持ちだったろうか。

そんなことを思い、祖父に「おばあさんと過ごした結婚生活と、死別してからの時間とが同じくらいになったが、おばあさんがいないのはやはり寂しいものですか」と聞いた。こんな質問をするのは当然初めてだった。

おじいさんは少し考えた様子で黙ったけれど、「どがあなじゃろうなあ」と照れ隠しのような苦笑いとともに、言葉を濁した。時は何かを流していくものなのだろうか。

 

祖父を偲ぶ会で、そんな話を祖父と最後にしたことを話そうと思っていたら、母が「荷物整理してたら出てきたんよ」と言って、祖父からの手紙を出してきた。

祖母が亡くなった一年後に、祖父が母や我々孫に宛てた手紙だった。祖母は私が小学生低学年の頃に亡くなっているので、もう25年以上前の手紙だった。

「お父ちゃんの手紙を読んでて鳥肌が立ったんよ、みてみて」といって母が指差した先には、姉、兄、私へ宛てた手紙のなかの兄宛ての手紙で、いろいろなお説教に並んで「自動車事故には気をつけなさい」と書かれていた。

「もらった時には気づかなかったけど、この手紙の翌年に兄君は交通事故に遭うとるんよね。なんかお父ちゃんには分かっとったんかねーって思って」と母は驚いた様子だった。

子どもの頃にもらったその手紙の内容は、母は勿論我々兄弟(孫)も覚えておらず、各々自分に宛てられた手紙を読んだ。

姉の手紙には「兄弟を大事に世話をするように」と書かれ、兄の手紙には「交通事故に気をつけなさい」という内容だったが、私への手紙には、そのような助言じみた内容は書かれておらず、ただただ小さな子どもに向かってやさしい言葉でおじいさんの気持ちを語りかける文体で書かれていた。

「おじいさんは昨年おばあさんを亡くして、とてもさびしいです」

祖父を偲ぶ会で、最後に私が祖父に質問した会話ーーおばあさんと死別して随分経つが、さびしい気持ちはあるかーーについて、ちょうど話そうと思っていた矢先の手紙の内容だったので、さまざまな時空を経て、祖父が私に最後の質問を回答してくれたようだった。

 

今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

*1:祖父の両親、つまり私の曾祖父母やその上の代の話を個人的に調べており、祖父にも昔の話をよく聞いた。

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